特発性肺線維症に対する優先的PDE4B阻害薬の効果

 

Trial of a Preferential Phosphodiesterase 4B Inhibitor for Idiopathic Pulmonary Fibrosis

 

特発性肺線維症に対する優先的PDE4B阻害薬の効果

(二重盲検プラセボ対照試験、第2相試験)

著者   Luca Richeldi . et al.

掲載雑誌/号/ページ N Engl J Med 2022 Jun 9;386(23):2178-2187

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<サマリー>

特発性肺線維症に対する優先的PDE4B阻害薬(BI 1015550)は、プラセボ群と比べ、有意にFVCの低下を抑制した。

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P:特発性肺線維症

E:優先的PDE4B阻害薬(BI 1015550)

C:プラセボ

O:FVCの変化量

 

<背景と目的>

肺線維症は治療反応が不良な疾患として知られている。現在、ニンテダニブとピルフェニドンの2つの抗線維化薬が承認されており、これらの薬剤には特発性肺線維症の線維化の進行を遅らせる効果が認められている。しかし、線維化を止める効果は認められておらず、更なる治療薬の開発が求められている。

これまでの研究でPDE4阻害には抗炎症効果、抗線維化効果が報告されており、今回、特発性肺線維症に対する優先的PDE4B阻害薬の二重盲検プラセボ対照比較試験(第Ⅱ相)を行った。

<研究デザインの型:RCT、横断研究、前向きコホートなど>

二重盲検プラセボ対照パラレルデザイン第2相試験

 

対象施設  22カ国90施設

試験期間  2020年8月12日~2021年10月15日

 

<対象患者・組み入れ基準>

国際ガイドラインに基づき診断された40歳以上のIPF患者。

HRCTによる通常の間質性肺炎と思われるパターンの患者。

FVCの予測値が45%以上 かつ DLCOの予測値が25%以上80%未満の患者。

 

抗線維化薬(ニンテダニブまたはピルフェニドン)は、スクリーニングの8週間以上前から安定した用量を投与されている患者については、継続が許可。

 

<除外基準>

気道閉塞、最近の気道感染、過去4ヶ月以内のIPF急性増悪、1日15mg以上のプレドニゾンの投与、過去2年間の自殺行為の既往がある患者は除外

 

<試験プロトコール>

BI 1015550を1日2回18mgの用量で投与する群と、マッチングさせたプラセボを投与する群に2:1の割合でランダムに振り分け、

12週間の治療期間と1週間のフォローアップ期間を観察。

 

<無作為化/層別化/盲検化>

  • 無作為化には音声応答システムを使用。
  • ベースライン時の抗線維化剤使用の有無によって層別化。
  • 患者、治験責任医師、中央審査委員会、および試験の実施と分析に関与した者は、各郡の割り当てを盲検化。

 

 

 

 

<主要評価項目>

Primary outcome

12週時点のFVCのベースラインからの変化量

 

Secondary outcome

12週間の治療期間中及び1週間のフォローアップ期間での有害事象の発生頻度。

DLCOの予測値に対するベースラインからの変化量

L-RF(肺線維症の症状に関する質問票)のベースラインからの変化量

 

<統計解析>

プラセボ群の必要症例数を減らすため、ベイズアプローチに基づいて、一次解析を行った。(事前データの競合に対してメタ解析予測事前分布によってプラセボ群の履歴データを取り込んだ。)

 

主要評価項目は反復測定による混合モデル(MMRM)(無作為に欠損しているという仮定のもとで、欠損データを許容する)を用いた制限付き最尤法で解析された。

その後、プラセボ群の調整済みの平均値を、既存のニンテダニブの臨床開発プログラムにおける臨床試験に基づいて導き出されたメタアナリシス的予測値と結合させ、主要評価項目に関する事後分布を使用し、解析した。

DLCO、 L-PF(肺線維症の症状に関する質問票)はMMRMを用いて解析した。

安全性解析は発生した有害事象に基づいて記述的に行った。

 

<サンプルサイズ>

サンプルサイズは、12週目のFVCのベースラインからの変化に対する事後確率の評価に基づいて、各試験群で少なくとも60人、全体で最大150人の患者登録を目指した。

 

 

<結果>

Figure 1   患者の無作為化および追跡調査について

 

 

計233名の患者がスクリーニングされ、最終的に147名の患者が無作為化を受けBI 1015550またはプラセボのいずれかを投与された。

抗線維化薬使用例73例のうち、BI 1015550群が48例、プラセボ群が25例割り当てられた。また抗線維化薬未使用例74例のうち、BI 1015550群が49例、プラセボ群が25例割り当てられた。

合計 15 名の患者が BI 1015550 を途中で中止し、全体では、132 名(90%)の患者が予定された全治療期間を終了した。プラセボを中止した患者はいなかった。

BI 1015550 の早期中止の主な理由は、有害事象であった。(後述)

 

 

Table 1  ベースライン時の患者の特徴。

 

 

 

患者の特徴は、各試験グループで類似していたが、抗線維化薬を使用している患者は使用していない患者に比べ、診断からの時間が長く、FVCのベースライン予測値の割合が低い傾向があった。

 

Figure 2  主要評価項目 12週目のFVCの変化量(抗線維化薬使用の有無で層別化)

(MMRM解析およびベイズ解析)

 

 

ベイズ解析では、抗線維化薬未使用群の FVC の変化の中央値は、BI 1015550 群で 5.7ml(95% CI、-39.1~50.5)、プラセボ群で -81.7ml(95% CI、-133.5~-44.8)だった。中央値の差は 88.4ml(95% CI、 29.5~154.2)でBI 1015550 がプラセボに対して優れている確 率は 0.998であった。

抗繊維症薬使用群のFVC の変化の中央値は、BI 1015550 群で2.7ml(95% CI、-32.8 ~ 38.2) 、プラセボ群で -59.2ml(95% CI、-111.8 ~ -17.9)であり、 中央値の差は 62.4ml(95% CI 6.3 ~ 125.5)であり、BI 1015550 がプラセボに対して優れている確 率は0.986であった。

 

 

 

Figure 3  全患者におけるFVCの経時的変化(MMRM分析)

 

 

MMRM解析から推定された12週後の治療効果は、BI 1015550 群で4.6 mL (95% CI, –24.1 to 33.3) 、プラセボ群で –83.8 mL (95% CI, –121.8 to –45.8)。

全体の群間差は88.4ml(95%CI、40.7~136.0)であった。

 

 

 

Figure S6,S7  %DLCOの変化量

 

 

抗線維化薬使用群12週時点の調整済み平均差は0.8%(95%CI、-3.5~5.0)、抗線維化薬使用群では、平均値の差は2.8%(95%CI、-0.4~5.9)であった。

 

 

Table S5   L-PF(肺線維症の症状に関する質問票)総スコアの平均変化量

 

ベースラインから12週目までのL-PF(肺線維症の症状に関する質問票)の平均変化量はBI 1015550 群とプラセボ群試験群間で同様であった。

 

 

Table 2  安全性、有害事象の頻度

 

 

抗線維化薬未使用群のうち、BI 1015550 群で31例(65%)、 プラセボ群で13例(52%),

抗線維化薬使用群のうち、BI 1015550 群で36例(73%)、 プラセボ群で17例(68%),

の割合で何らかの有害事象が発生した。

治療期間中に何らかの有害事象が発生した患者の割合は、抗線維化薬の使用の有無に関わらず、BI 1015550 群の方がプラセボ群よりも高かった。

また投与中止に至った有害事象は全てBI 1015550 群で報告され、計13例であった。

 

最も一般的な有害事象は胃腸障害で、

抗繊維化薬未使用群の内、BI 1015550 群の 27%、プラセボ群の 16%、

抗繊維化薬使用群の内、BI 1015550 群は 37% 、プラセボ群 32%  発生した。

胃腸障害の頻度は下痢が多く、ほとんどの症例は軽度であったが、3名で投与中止に至った。

 

重篤な有害事象は、

抗線維化薬の未使用群ではBI 1015550 投与群で 6%、プラセボ群で 20%、

抗線維化薬の使用群ではBI 1015550 群で 4%、プラセボ群で 4%、発生した。

 

BI 1015550群の2名の患者に死亡例があり、1例はCOVID-19感染症、もう一例は血管炎およびIPF増悪の疑いであった。

うつ病、自殺行為、自殺念慮に関連する有害事象を報告した患者はいなかったが、BI 1015550 の投与終了から 9 日後に希死念慮の報告が 1 例あった。

 

 

 

<結果の解釈、メカニズム>

PDE4阻害薬はcAMPの分解を抑制することでL-17、TNF-α、IL-6などのサイトカインを抑制すること、M2マクロファージへの分化を抑制することで線維芽細胞の活性を抑制することが報告されている。これらの抗炎症作用や抗線維化作用によりPDE4B阻害薬は特発性肺線維症の肺の線維化を抑制したと考えられる。

 

                       

 

※またPDE4はA,B,C,Dの4つのサブタイプがあり、今回の治験薬のようにPDE4Bの選択性が高ければ、PDE4阻害による消化器症状などの副作用の軽減に繋がると考えられる。

 

 

 

<Limitation>

・第Ⅱ相試験であり、nが少ない。

・IPFのみの研究である。(膠原病肺などについては考慮されていない。)

・IPFの免疫学的、血清学的特徴などについては検討されていない。

・12週での評価であり、長期投与の有効性・安全性は不明。

 

※PDE4阻害薬は、血管炎の発生やうつ病への関与の可能性が指摘されており、長期成績や膠原病疾患への応用には注意を要するかもしれない。

 

<今後どのように、臨床・研究に活かす?>

第Ⅲ相試験を通してPDE4B阻害薬の効果・安全性の結果を待つ。

 

PDE4阻害薬は膠原病領域ではすでにアプレミラスト(オズデラ)がベーチェット病・乾癬で保険適応になっている。またSScモデルマウスでPDE4阻害薬の抗線維化作用なども報告されている。(Ann Rheum Dis. 2017 Jun;76(6):1133-1141.)

今後、長期的な効果・安全性が確認されれば、膠原病肺への応用も期待される。

 

<この論文の好ましい点>

特発性肺線維症のFVC改善の可能性を示した薬剤であり、治療成績が優れている。

サンプルサイズを計算し、ベイズアプローチなどの統計解析を用いて希少疾患のプラセボのn数を補う工夫がなされている。

 

<この論文にて理解できなかった点・残念であった点> 

ベイズアプローチなどの解析方法が難解で分からなかった。

 

2022/8/17 担当:石井 翔

 

 

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