炎症性腸疾患患者におけるIgA血管炎:TNFα阻害薬の役割に関する新たな知見
IgA vasculitis in patients with inflammatory bowel disease: new insights into the role of TNF-α blockers.
Rheumatology (Oxford). 2022 May 5;61(5):1957-1965.
・・・・・・・・・・・・
【サマリー】
IgA血管炎(IgAV)とIBDの関連を、大規模コホートを用いて後ろ向きに評価した。IBDがIgAVに先行した例では81%でTNFα阻害薬が使用されており、TNFα阻害薬の休薬後にIgAVが改善、TNFα阻害薬投与下ではIgAVが再燃する傾向がみられた。
・・・・・・・・・・・・
【PECO】
P:フランスの血管炎及びIBDのコホートに登録しており、IgAV及びIBDの両方を発症した患者
E/C:対照群なし
O:経過に関する記述的研究
サブグループ解析
P‘:上記PのうちIBDがIgAVに先行し、TNFα阻害薬を使用していた患者
E‘:TNFα阻害薬を中止した
C‘:TNFα阻害薬の使用を継続した
O‘:IgAVの再燃
【背景】
・IgAは腸管免疫において重要な役割を果たしていると考えられており、IBDにも関連する。
・これまでに、血管炎とIBDの関連に関する報告がなされている。(Sy A, 2016)
・しかし、対象とした血管炎は重として大血管炎とANCA関連血管炎に関するものであった。
・最近、フランスのコホート研究でIBDとIgA腎症の関連が報告された。(Joher N, 2021) しかし、IgAVとしては数例の症例報告にとどまっており、これまでにまとまった報告がなされていなかった。
【方法】
・2019年2月8日から2020年2月16日にかけて、フランスで行われた多施設後ろ向き研究(Groupe Français d’Etudes des Vascularites(FVSG)とGroupe d’Etude Thérapeutique des Affections Inflammatoires du Tube Digestif(GETAID))
・IgAVとIBDの両方を発症した患者を抽出
・IBDについてはEuropean Crohn’s and Colitis Organisation(ECCO)のガイドライン及びモントリオール分類に基づいて診断された。
・IgAVについては紫斑の存在下でACRまたはEULARの分類基準によって診断された。(病理所見の有無でDefinite/Probableに分けられた)
・収集データ:
(IBD関連)性別、IBD診断時年齢、家族歴、喫煙、手術歴や合併症、腸外病変
(IgAV関連)IgAV診断時年齢、臨床症状、採血検査結果、生検結果、受けた治療、フォローアップアウトカム
・サブグループ:コホート全体、IBD後に発症するIgAV、TNFα阻害薬で治療中に発症するIgAV
・統計解析:記述統計 カテゴリ変数は%表記 連続変数はIQRの中央値として記載
【結果】
・17施設から60例の報告→17例除外(9例で診断基準を満たさなかった 7例で鑑別診断あり 1例でデータ不十分)
・最終的に43例(CD 25例、UC 18例) IgAVは30例がdefinite、13例がprobable
・IBD診断時の年齢中央値は26.0(IQR 20.0-32.5)歳、IgAV診断時は33.0(IQR 26.0-46.5)歳であった。
・IBDは38例(88%)でIgAVの診断に先行し、1例を除くすべての症例が成人で発生し、2つの疾患間の間隔中央値は9.2(IQR 5.4-15.4)年であった。対照的に、IgAVは5人(12%)の患者でIBDに先行し、間隔中央値は133ヵ月であった(IQR 72.5-176.3)。
・治療には、30例(70%)でGC、29例(67%)でAZA、35例(81%)でTNFα阻害薬(うちADA 18例、IFX 15例、GLM 2例)が使用されていた。
・IBD後にIgAVを発症した38例のうち、5人で活動性IBDあり
・28人(74%)でTNFα阻害薬治療下(ADA 15人、IFX 13人) TNFα阻害薬開始後の期間中央値は31.5(IQR 19.0-55.5)か月であった。
・IgAVの治療として何らかを行ったのは27人(71%) 25人でGC、6人でコルヒチン、6人でCY、3人でAZA、3人でHCQ、2人でダプソン
?TNFα阻害薬は15人(54%)で中止された。中止された患者は、3人が5-ASA、5人がAZA、4人がウステキヌマブ、3人がベドリズマブに薬剤変更された。変更後にIgAVの再発は観察されなかったが、5人の患者で中央値4ヵ月(IQR 2-7.5)後にIBDの再燃または合併症が認められた。
・6人でTNFα阻害薬が再導入され、そのうち4人は以前と同一の薬剤、2人は別の薬剤を使用した。6人中4人が中央値2.5カ月(IQR 1.75-5.25)後にIgAVの再燃を経験した。
・TNFα阻害薬を継続した13人の患者では、3人(23%)が中央値2か月(IQR 1.5-3)後にIgAVの再燃を経験した。
・IgAV再燃患者では、全ての症例で皮膚症状、2症例で関節病変が含まれており、重篤な臓器病変は認められなかった。
・全体として、追跡期間中央値17.3(IQR 6.9-49.1)カ月後、4人の患者がIgAV関連糸球体腎炎に起因する慢性腎不全を呈した。腎移植を必要とする末期腎不全患者が1人おり、腎移植後の心原性ショックで死亡、またその他に1人が尿路上皮癌・敗血症で死亡した。
【議論】
・先行研究:IgAVとIBDをともに発症した9人の患者を対象としたcase seriesの報告あり。(Villatoro-Villar M, 2021) 9人中6人でIgAV発症時にTNFα阻害薬投与下にあり、TNFα阻害薬使用期間は3.3年であった(本研究では2.6年)。
・IBD患者における腎生検では、IgA腎症の診断が最も多く、非IBD腎生検と比較しても有病率が有意に高い。(Ambruzs JM, 2014)
・母親がCD、2人の子供がIgAVという濃厚な家族歴をもつ患者群の報告例あり。(Cassater D, 2006)
・ゲノム研究では、IgAVとIBDに共有される遺伝子変異は見つかっていない。
・そもそもIgAは腸の形質細胞によって産生され、腸管の免疫にかかわる。
・IBDはB細胞の過剰な刺激によりパイエル板や粘膜リンパ節の免疫活性化と関連し、IgAの産生過剰・各所組織への沈着につながる可能性がある。
・また、IgAのグリコシル化に関する異常がIgAV、IBDの双方に関連するといわれている。
・TNFα阻害薬とIgAVの関連性について:これまでに、フランスでの調査ではIgAVを誘発する薬剤のひとつとしてTNFα阻害薬が挙げられている。
・今回、TNFα阻害薬の再開でIgAVが再燃する例があり、治療と疾患との関連の可能性を示している。
・ただし、TNFα阻害薬を導入される患者がいわゆる「重症の患者」に偏っており、IBDの重症度がIgAVの発生頻度に影響を及ぼしている可能性も考えられる。
・TNFα阻害薬がIgAVを誘導するメカニズムについては不明。仮説としては、毛細血管レベルでの免疫複合体形成と沈着、T細胞応答の変化の誘導、直接的な薬物毒性などが考えられている。
・TNFα阻害薬使用中にIgAVを発症した場合に、薬剤を中止するべきかについては様々な意見がある。
・TNFα阻害薬休薬では症例の3分の1で再燃、合併症が出現した一方、TNFα阻害薬継続例でのIgAVが通常軽度、皮膚及び関節の病変にとどまったことから、ベネフィット/リスク比を考慮して治療戦略を決定する必要がある。
[強み]
・複数のコホートを組み合わせたことで、IBDとIgAVという希少疾患を併発する患者を集めたコホートとしては最大級のものとなった。
[Limitation]
・後ろ向き研究であり、また症例対照研究ではないこと。
[この論文の疑問点]
・IgAV先行→IBDの患者でTNFα阻害薬の使用が再燃をもたらしたのかどうかが不明。
・TNFα-TNFα阻害薬の免疫複合体形成などは、病理所見で評価可能か?
文責:井上良