Tough Choices: Exploring Medication Decision-Making During Pregnancy and Lactation Among Women With Inflammatory Arthritis
Mehret Birru Talabi,Amanda M. Eudy,Malithi Jayasundara,Tayseer Haroun,W. Benjamin Nowell,Jeffrey R. Curtis,Rachelle Crow-Hercher,Whitney White,Seth Ginsberg,Megan E. B. Clowse
ACR Open Rheumatology, 3: 475-483.
【summary】
生殖可能年齢の女性における、リウマチ疾患治療の意思決定に際しては、患者に対して判断に足る十分な情報が伝えられていないこともさることながら、医師-医師間のギャップや医師-患者間のギャップも関連している。
【introduction】
炎症性関節炎(関節リウマチ[RA]、脊椎関節炎[SpA]、若年性特発性関節炎[JIA]など)を有する女性の31〜62%が、妊娠中または授乳中に疾患修飾性抗リウマチ薬(DMARD)の投与を中止しているという研究結果がある。
妊娠中や授乳中に薬を中止する女性は、健康面で大きな影響を受ける。RAやJIAの母親における炎症性関節炎のコントロール不良は、未熟児や低出生体重児などの胎児の有害な転帰と関連することや、活動性関節炎は、RA女性の不妊症と関連していること、妊娠中や産後に関節炎が悪化すると、女性の身体機能、生活の質、育児能力が低下する可能性があることが知られている。
妊娠中や授乳中でも安全に使用できる薬剤が存在するため、絶対的な投薬中止は必要条件ではなく、むしろ選択肢の一つとなっている。炎症性関節炎の女性がどのように薬のリスクに関する情報を収集し、治療のリスクとベネフィットを検討し、最終的に妊娠中または授乳中に治療を継続するか中止するかを決定するかを調査し、リプロダクティブ・ヘルス(性や生殖に関して身体的・精神的に健康でいられること)の向上につなげることを目的とし、本研究は行われた。
【方法】
研究は、患者主導で登録するレジストリのArthritisPowerと、RA、JIA、SpA、全身性エリテマトーデス(SLE)関連の関節炎、炎症性腸疾患関連の関節炎などを持つ個人のオンラインコミュニティであるCreakyJointsの登録メンバーである患者を対象として行われ、2017年3月から6月にかけて、メールにてリクルートが行われた。メールには、研究内容と、炎症性関節炎の診断を受けていること、年齢が18歳から50歳であることなどの組み入れ基準を記載した。
今回の分析では、出産の可能性がある人に焦点を当てたため、以下の登録データは、Arthritis PowerおよびCreakyJointsの女性会員(n = 13,484)を対象とした。これらの女性のうち、25.6%が本研究に関する3つの勧誘メールのうち少なくとも1つを開封した(n = 3451)。合計13.8%の女性がアンケートのリンクを選択した(n = 476)。年齢基準を満たしていない人や同意を得られない人、調査データが不完全であったり,1件の調査データが重複していたりする参加者は除外した。合計267名の女性が適格基準を満たした。今回の分析では、妊娠中および授乳中の投薬に関する意思決定に焦点を当てているため、回答者は関節炎と診断された後に妊娠を経験している必要があり、267人中66人(24.7%)の女性がこの基準を満たしていたことになる。炎症性関節炎と診断された後に起こった妊娠のみが回答に反映されるよう、患者には直近の妊娠についてのみ情報を提供するよう依頼した。
【調査内容】
ArthritisPowerレジストリの管理者は、会員からのリプロダクティブ・ヘルスに関する質問を調査チームに提示し、妊娠、不妊、母乳育児、授乳、避妊に関する合計183の質問からなる包括的な調査を作成した。質問の約75%は選択形式、残りの質問は自由記述形式で、自由記述の質問の例としては、「あなたの主治医はあなたが妊娠している期間に関節炎の治療についていつもと異なる決定をしましたか?」などがある。アンケートのデザインは、回答者の経験に最も関連する質問が提示されるように、分岐論理(branching logic, 選択に応じて以降の回答範囲が変化する)を取り入れた。今回の調査では、妊娠中・授乳中の関節炎治療薬の使用に関する女性の意思決定と情報探索に関する回答に注目した。
【分析】
2011年から2012年にかけて、HCQとTNFiは、妊娠中および授乳中も安全に使用できることを示唆する重要な論文がいくつか発表されており、臨床医の投薬リスクに関するカウンセリング方法を変えた可能性があるため、フィッシャーの正確確率検定を用いて、女性が最後に妊娠を報告した年によって、妊娠前、妊娠中、授乳中の投薬使用と医師の推奨が変わったかどうかを評価した。この探索的な分析に加えて、フィッシャーの正確確率検定を用いて、妊娠中の薬の安全性に関する女性の認識が、妊娠中の薬の継続とどの程度関連しているかを評価した。妊娠中および授乳期の安全性プロファイルによって薬を分類するために、2020年のAmerican College of Rheumatology(ACR)のリプロダクティブ・ヘルス・ガイドラインを使用した。
自由記述のコメントの整理と分析には,テーマ分析を用いた。質的分析は、事前にトレーニングを受けたリウマチ専門医で女性の健康の専門家であるMehret Birru Talabiが、リウマチ性疾患を持つ女性のリプロダクティブ・ヘルスを専門とするリウマチ専門医のMegan E. B. Clowseと、調査票を作成したリウマチと女性の健康の研究者であるAmanda M. Eudyと協力して行った。まず、自由記述の回答を読んで生データを理解し、調査目的に基づいてテーマの枠組みを確認した。そして、この枠組みを各回答に適用してデータの索引を付け、関連するテーマに基づいてデータを再編成した。分析されたテーマは研究チームに共有され、分析者のトライアンギュレーション(複数視点からの分析を行い、質的研究の妥当性を高めること) が行われた。
【結果】
患者の人口統計学的特徴はTable 1の通り(N = 66)。ほとんどの女性は、白人(77%)、大学卒(68%)、RA(89%)であったが、SpA、JIA、SLEの患者もサンプルに含まれていた。関節炎と診断された時点での平均年齢は22.2歳で、調査完了時の平均年齢は40.3歳であった。ほとんどの女性は、少なくとも1種類のDMARDまたはプレドニゾンを現在または過去に使用していた(95%)。疾患の診断後、女性は平均1.7回(SD 1.0)の妊娠を経験し、全体では1回から5回の妊娠の幅があった。最後の妊娠から調査完了までの期間は、平均8.3年(SD 6.8)であった。47件の妊娠が出産に至ったのに対し、19件の妊娠が胎児死亡に終わった。調査票には、胎児死亡に関する追加情報(妊娠期間や死因など)は記入されていなかった。妊娠・授乳期にTNFi以外の生物学的製剤を使用していた女性は1人しかおらず、また、新薬の安全性に関するデータは現在のところほとんどないため、生物学的DMARDsに関する質問はTNFiに絞った。
探索的分析の結果、2012年以降、TNFiとHCQの周産期使用が増加したことが示唆された。TNFiを処方された女性のうち、2012年以降も妊娠中にこれらの薬剤を継続して使用した女性は18%であったのに対し、2012年以前にこれらの薬剤を継続して使用した女性は5%しかいなかった(P = 0.006)。また、HCQも2012年以降と2012年以前では、妊娠中に使用される頻度が高かった(18%対5%)が、この比較は統計的に有意ではなかった。
テーマ1:妊娠・授乳期の従来型・生物学的DMARDsに対する患者の不安
Table 2は、妊娠中の医薬品の安全性に関する患者の認識と専門家の意見を示したものである。40%の女性は、妊娠中に使用しても安全な薬はないと感じていた。その他の女性は、PSL(41%)、TNFi(15%)、NSAIDs(11%)、HCQ(9%)、アセトアミノフェン(2%)を安全な薬として選択した。また、妊娠・授乳期対応のDMARDであるSASPを妊娠に適合すると選択した女性はいなかった。また、いずれも催奇形性を持つMTXやレフルノミドを妊娠に適しているとした女性はいなかった。
テーマ2:安全性の認識と医療従事者の助言は、妊娠中の女性の服薬継続の決定に影響する
今回のサンプルでは、最大80%の女性が、妊娠直前または妊娠中に胎児毒性のないDMARDs、PSL、NSAIDsのいずれかを中止していた。
・NSAIDs
NSAIDは妊娠中、第3期や妊娠困難な場合を除き、条件付きで推奨されている。→32人が中止、8人が継続。
3人の女性は、関節炎が改善したためにNSAIDsを中止した。NSAIDsの安全性について、異なる医師から相反する意見を受けた女性もいた(13%)。
・HCQ
HCQは妊娠中に使用しても安全である。→12人が中止、5人が継続。
ほとんどの女性は、医師からHCQの中止を指示されていた(75%)。HCQを使用した経験について語った女性はほとんどいなかったが、1人の女性は 「私は妊娠していることを知らなかったから服用しただけ 」と書いていた。
・PSL
PSLは、妊娠中の使用が条件付きで推奨されており、1日20mg以下の投与が好ましいとされている。→13人が中止、21人が継続。
女性の半数(54%)は医師からの助言に基づいてPSLを中止したが、23%はPSLが妊娠に適合すると言われたが中止を選択した。
・TNFi
TNFiは、妊娠中に使用しても安全である。→22人が中止、7人が継続。
2人の女性は、関節炎が改善したためにTNFiを中止した。その他の女性は、医師の助言によりTNFiを中止した(68%);14%の女性は、医療従事者間のコンセンサスが得られなかったためにTNFiを中止した。ある女性は、「周産期専門医に診てもらうまで、誰も(TNFiを)続けることに100%賛成してくれなかった」と述べている。
HCQ、PSL、NSAIDs、TNFiでは、いずれも妊娠中に使用しても安全だと考える患者群での継続率が有意に高かった。
・MTX
HCQ、PSL、NSAIDs、TNFiとは対照的に、MTXは胎児に有害なDMARDsであり、すべての女性が妊娠前に中止すべき中絶薬である。
→31人の女性が妊娠前にMTXを使用していたが、21人が中止、9人は継続。(1人は意図せぬ妊娠)
すべての女性が医師からMTXを中止するように助言された。意図せぬ妊娠例では、妊娠は胎児死亡という結果となった。
テーマ3: 関節炎治療薬が母乳育児に適していると信じられていない
妊娠が成立した女性の79%が、平均7カ月間(範囲:4週間未満~29カ月)母乳育児を行った。ほとんどの女性は、授乳中にDMARDsやPSLの使用を避けようとしていた(78%)。
授乳中の母親が使用した薬剤は、PSL(46%)、NSAIDs(30%)、TNFi(14%)、HCQ(5%)であった。授乳中にMTXやレフルノミドを使用した女性はいなかった。授乳中の母親の1/3は、授乳中にDMARDs、NSAIDs、ステロイドを使用していなかった。2012年以前にTNFiを使用した母乳育児中の母親はいなかったが、2012年以降にTNFiを使用した女性は5人いた。授乳中にNSAIDsを使用した11人の女性のうち、NSAIDsの使用頻度は2012年以前と比べて44%対16%と高かったが(P > 0.05)、それ以外の薬剤使用の経時的傾向は見られなかった。
母乳育児をしている女性のうち3分の1は、関節炎の痛みのために授乳が身体的に困難であると述べていた。しかし、これらの女性のほとんどは、母乳育児に対してどのような薬も使用可能であるとは考えておらず、何人かの女性は、自分の身体機能を犠牲にしてでも、乳児への薬の影響をなくすことを優先していると述べた。半数以上(54%)の女性が、治療を続けられないほど疾患活動性が重くなったために授乳をやめた。授乳を中止して治療を再開した女性のうち、妊娠前または妊娠中に胎児毒性のあるDMARDsを使用していた人はおらず、非TNFi系bDMARDsを処方されていた女性は1人だけだった。
テーマ4:妊娠・授乳期の薬の安全性に関する、医療従事者の相反するアドバイス
患者は、妊娠中の抗リウマチ薬の安全性について、リウマチ専門医(80%)、産婦人科医(73%)、プライマリ・ケア・プロバイダー(PCP)(33%)と話しており、ほとんどの会話は妊娠前に行われていたが(74%)、9%の女性は、妊娠前、妊娠中、妊娠後のいずれの時点でも、医療従事者と薬について話したことがなかった。妊娠中に薬をやめた女性の約半数は、少なくとも1人の医療従事者から薬をやめるようにアドバイスを受けていた。
全体では、24%の女性が、妊娠中の薬の安全性について医療従事者の意見が異なると回答したが、これは子どもを産んだ時期によって異なるようだった。2012年以前に出産した女性は、医療従事者間で服薬リスクに関するカウンセリングが一貫して行われていたと報告した(94%)のに対し、2012年以降に妊娠した女性の半数は、医療従事者の推奨事項に相違があると報告した(P = 0.0002)。ほとんどの女性は、一貫性のない医療アドバイスにより、自分の意思決定や医療従事者のアドバイスや専門知識に対する信頼が損なわれたと述べている。
女性は、妊娠中および授乳中の薬の安全性に関する情報を独自に探しており、WebMDやArthritis Foundationなどの信頼性の高いサイトを利用する人もいたが、半数近くはブログやソーシャルメディアなどの信頼性の低いサイトを利用していた。
【discussion】
本調査の定性的データからは以下の事柄が読み取れた。
・子供の健康と安全を優先することと、自分自身の身体機能を優先することの間での葛藤。
・薬の安全性に関する患者側の知識の不足。
・2012年以降に特定のDMARDsの妊娠中の安全性に関する新たなデータが発表されたことにより、医師間での医療アドバイスに齟齬が生じ、結果として信頼が損なわれた可能性がある。(新たなリプロダクティブ・ヘルス・ガイドラインについての周知不足)
・特にRAでは妊娠中の臨床症状改善→出産後の増悪を経験しており、授乳期と重なることから、授乳期におけるDMARDsへの不安のため身体的苦痛を受け入れる女性も多い。
・妊娠症例のうち15%がMTXを使用しており、胎児毒性が懸念された。リウマチ疾患を持つ患者に対する家族計画の必要性についての認識に、医師-患者間でギャップがある。
【本研究の強み】
・患者グループと密接に協力して実施したものであり、実際の生殖可能年齢にあるリウマチ疾患患者の現状をよく反映している。
【limitation】
・患者の意思決定がどの程度臨床的アウトカムおよび胎児のアウトカムに影響を及ぼしたかが評価できない。(高い胎児死亡率に影響している、潜在的に改善可能な因子を評価できない。)
・インターネット経由で患者をリクルートしており、インターネットを利用可能な、社会的・経済的に恵まれている白人女性に偏ってしまった可能性がある。
・アンケートが長すぎる、あるいは報酬を伴わないなどの理由で、回答者が自らのネガティブな経験に基づいて参加を希望する例が多くなり、回答バイアスにつながった可能性がある。
【この論文のよかった点】
最新のエビデンスが提示されることで、かえって医療者間でのギャップが生まれ、結果として患者からの信頼の低下につながるという問題については今まで意識したことのない観点であり、興味深かった。
【この論文のわからなかった点】
・あまり馴染みのない研究手法がとられており、戸惑った。最初に問題点を把握するための調査で、どのように妥当性を高めていくのがよいのだろうかと疑問に思った。
・定性的回答を分析する際に、まず全部のデータを読んでからテーマを設定し、各テーマに従って再度回答にタグ付けをして分類していくという手法がとられているが、
・テーマの設定ひとつで恣意的な結果を導き出してしまう危険性があるのではないか。
・悪く言えば「出たとこ勝負」で、意味のある結果を導き出せない危険性があるのではないか。
担当:井上良