Review:免疫病理学的所見からみた免疫チェックポイント阻害薬による免疫関連有害事象(irAE)
Immunopathological basis of immune-related adverse events induced by immune checkpoint blockade therapy
Terufumi Kubo, Yoshihiko Hirohashi, Tomohide Tsukahara, Takayuki Kanaseki, Kenji Murata, Rena Morita & Toshihiko Torigoe
Immunological Medicine, 45:2, 108-118
免疫系は諸刃の剣である。免疫不全は感染の原因となるが、一方で過剰な免疫反応は望まぬ組織損傷を引き起こす。
悪性腫瘍は、免疫監視から逃れるために、免疫寛容のメカニズムを利用する。免疫チェックポイント阻害薬(ICI)は、がん免疫逃避のメカニズムをブロックすることで抗腫瘍効果を発揮する薬剤である。
ICIの奏効率は、悪性腫瘍全体では15-25%、悪性黒色腫やマイクロサテライト不安定性の高い悪性腫瘍では45-60%となっており、新規の標準的ながん治療としての地位を確立している。一方で、免疫寛容の破綻による非特異的な免疫活性化をメカニズムとしているため、しばしば免疫関連有害事象(irAE)をもたらす。
【irAEの機序】
・irAEと細胞性免疫
irAEに関与している抗体には3つのタイプが考えられる。
- 非腫瘍細胞、腫瘍細胞の両方で発現される共通の抗原:たとえば悪性黒色腫に対するICI投与後の白斑である。悪性黒色腫細胞だけでなく、非腫瘍性メラノサイトにも発現する抗体が関与すると考えられる。
- ウイルス抗原:多くのウイルス関連悪性腫瘍はICIに対する感受性があり、高抗原性ウイルスペプチドを認識できるためと考えられる。一方で、無症候性ウイルス感染を伴う非腫瘍細胞に対しても細胞毒性を発揮する可能性がある。B型肝炎ウイルスやCMVの再活性化など。
- ネオアンチゲン(腫瘍特異的抗原):悪性腫瘍の遺伝子変異の結果としてあらわれる抗原。基本的に非腫瘍細胞は持たない抗原であるが、潜在的に腫瘍細胞と同じ体細胞変異を有する非腫瘍細胞が存在する可能性があり、irAEの対象となりうる。
・irAEと液性免疫
ICI投与後に、自己抗体関連甲状腺炎、重症筋無力症、ギラン・バレー症候群などの自己免疫関連疾患を発症する可能性がある。特に、投与前の無症候性低レベル自己抗体を有する患者はirAEを発症するリスクが高い。
CTLA-4、PD-1、PD-L1は、液性免疫と細胞性免疫の双方で免疫寛容に関与しているようである。
その他、B細胞枯渇は甲状腺炎を予防したことや、抗PD-1療法の抗腫瘍活性を妨げないこと、抗CTLA-4抗体と抗PD-1抗体の併用投与後の末梢血B細胞の定性的及び定量的変化は、irAEの頻度及び重症度と相関していることが判明している。
・サイトカインの過剰産生
ICIではCTL活性化の増加、Tregの抑制が起こる。血球貪食性リンパ組織球症(HLH, HPS)やサイトカインストームのリスクを悪化させる可能性がある。
・直接的な細胞障害
たとえばイピリムマブはCTLA-4を標的とするIgG1モノクローナル抗体だが、CTLA-4は脳下垂体で生理的に発現している→イピリムマブ投与患者の4%が脳下垂体炎を発症する。
【ICIの種類とirAEの特性】
ICIによってがん免疫機構での作用部位が異なる。
CTLA-4はプライミングフェーズでの自己反応性CD4+/CD8+ナイーブT細胞の活性化を阻害する
PD-1/PD-L1はエフェクターフェーズでの既に活性化されたT細胞を調節する
→irAEとしての表現型も異なる可能性がある。
甲状腺疾患や肺炎は抗PD-1/PD-L1抗体での治療を受けた患者で多く、大腸炎及び下垂体炎は抗CTLA-4抗体での治療と関連している。(CTLA-4での大腸炎は、Tregレベルが著明に低下する immune dysregulation, polyendocrinopathy, enteropathy and X-linked syndrome (IPEX)と似た病理像をもつ:GVHD様リンパ球浸潤やアポトーシス体など)
また、PD-1/PD-L1の間でもirAEの発生率に差が生じるかもしれない。抗PD-1抗体はPD-L1およびPD-L2両方のシグナルを遮断するが、抗PD-L1抗体はPD-L2のシグナルを遮断できない。
肺炎は、抗PD-1抗体よりも抗PD-L1抗体での治療の方で頻度が低い。
抗PD-1/PD-L1抗体では74%(うちグレード3以上14%)、抗CTLA-4抗体では89%(うちグレード3以上34%)の割合でirAEを発症する。抗CTLA-4抗体と抗PD-1抗体を併用した場合は、90%(うちグレード3以上55%)の割合でirAEを発症する。
【irAEと腫瘍治療効果】
irAEとICIの抗腫瘍効果はコインの裏表の関係にあるといわれる。
理論的にはirAEの重症度が高いほど、期待される腫瘍治療効果は高くなる。しかし、irAEグレードとICIの臨床的有効性との関係を示した研究はない。これは。重篤なirAEはしばしば致死的な症例・強力な免疫抑制を必要とする症例となるからと考えられる。
個別のirAEでは、コインの裏表の関係が示されているものもある。
白斑は、悪性黒色腫に対するICIの腫瘍治療効果と関連している。
甲状腺機能障害は、抗PD-1抗体の腫瘍治療効果と関連している。(病理組織学的観点からは、甲状腺と肺はともに内胚葉に由来し、TTF-1/NKX2.1を共有する。)
ICI治療後患者の腸にみられることがある上皮下表面肉芽腫症(SSG)という構造がある。
腫瘍抗原特異的活性化CTLは大量のIFNγを放出し、癌細胞を破壊する→このはたらきとパラレルに、SSGが形成される可能性。
腸管生検での肉芽腫形成とICIの腫瘍治療効果の関連について、今後の研究が望まれる。
【irAEの発生に関する予測】
自己免疫疾患の既往歴を有する患者はirAEを発症する可能性が高い。
自己免疫疾患の既往歴を有する患者の38%が疾患の再発を示す。(ITP 2/2、リウマチ性疾患17/24、皮膚障害3/8など)
抗甲状腺抗体の存在は、ペムブロリズマブやニボルマブ投与後の甲状腺機能障害の危険因子である。
また、過去にirAEの歴があることもirAEの危険因子となる。抗CTLA-4抗体投与後irAEの既往がある患者に抗PD-1抗体を投与した時、3%で同じirAEが、34%が別のirAEが出現し、半数以上の症例でグレード3以上のirAEが出現した。
irAEの出現や重症化を予測するようなバイオマーカーがあるかどうか。これまでに、治療前のサイトカイン毒性(CYTOX)スコア、病理組織に含まれるLCP1とADPGKという2種類のT細胞活性化関連分子、FaecalibacteriumやFirmicutesといった細菌群、HLA-DR15やHLA-DR4などがirAEの発症リスクと関連することが示されている。
しかし臨床的に適用可能なバイオマーカーはまだ確立していない……
【irAEの臨床症状、検査所見、診断】
irAEは様々な臓器に関与し、様々な臨床所見を示すため、特異的な臨床所見・検査所見がない。
頻度の高いものとしては、下痢、疲労、搔痒症、発疹など。
irAEとして時折みられる、心しておくべき疾患パターンとして、多発性筋炎や心筋炎を伴う重症筋無力症が挙げられる。重症筋無力症の患者ではしばしば筋細胞を標的とする抗Kv1.4抗体や抗チチン抗体などが認められるが、irAEとして重症筋無力症が出現した際に、筋細胞を標的とするCD8+細胞傷害性T細胞の免疫寛容をも破壊し、筋炎を引き起こすと考えられている。
【irAEの臨床経過、治療、予後】
一般的にirAEの発症が多いのはICI投与後数週間から数か月といわれるが、実際にはICI投与後のいつでも発生する可能性がある。:ペムブロリズマブ最終投与の約2年後にirAEとして大腸炎が出現した症例も報告されている。長期生存者におけるirAEのデータは蓄積途上である。
irAE発症時はICIが中断されるが、しばしば中断だけではなくステロイドや他の抗サイトカイン治療薬での積極的な介入が行われる。また、グレード2‐3のirAEをグレード1に寛解した後、再度のICI投与が検討されることがある。内分泌系のグレード4のirAE後にホルモン補充で対応可能な場合には、ICIの再開が可能である。
irAEに対するステロイドやその他免疫抑制剤の投与は、ICIの効果を減弱させ、癌の進行をもたらす可能性があるが、これまでの報告ではステロイドの一時的な前進投与が全生存期間に影響を及ぼさないことや、重篤なirAE大腸炎に対する抗TNFα抗体療法は抗腫瘍の転帰に影響を及ぼさなかったことなどが示されている。一方で、皮膚症状などに対する抗IL-17抗体の投与はペムブロリズマブの抗腫瘍効果を減弱させている。
irAEによる致死率は、PD-1/PD-L1で約0.3%、CTLA-4で約1%と推定され、癌に対する他の治療法と比較しても高くない致死率であり一般的に安全な治療といえる。しかし大腸炎や心筋炎は致死率が高く、障害臓器によってirAEの致死率は大きく影響を受ける。
<この論文の好ましい点>
irAEの多彩な臨床症状について、分類・網羅しての記載が充実していた。
一部で病理学的背景をもとにした考察が行われており、ユニークであった。
<わからなかった点、疑問に思った点>
抗CTLA-4抗体使用時の下垂体炎は、ICIが直接下垂体を傷害するという機序によるものと説明されていたが、この場合は抗腫瘍効果との厳密な裏表関係にはないように思え、下垂体の重篤なirAEがすなわち優れた治療効果と結びつかない可能性があるのではないかと考えた。
irAEのバイオマーカーについて、多彩な機序から多彩な臨床症状がもたらされるため、なかなか単一の項目での評価は難しいのではないかと感じた。
担当:井上